浜辺のレンタルショップ兼盆踊りヤグラ(その2)

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浜辺で風と涼を得る、ささやかな日影の居場所を提供する「一枚の屋根」。とはいえ同時に様々な用途要求に応えるため、いろいろと工夫した。構成はいたって単純で、約1.5間角のシンプルな屋根プレート、斜交柱、約1間角の床、そして可動式の壁パネルである。屋根プレートと床は平面的にみて45度振り、ちょうど屋根に床が内接するかたちになっており、床からはみ出した屋根4隅の部分は開閉式の三角庇になる。また壁パネルは折り畳み式で可動する。これらにより5種類の「モード」に変形し、浜辺の多様な活動をサポートする。

まず、三角庇と壁パネルをすべて閉じるとほぼ完全に遮蔽された箱になる。レンタル・ショップの閉店時や悪天候時には、内部に用具を収納し保護する高床の倉庫となる(右上写真:ボックス・モード)。次に、三角庇を持ち上げてロッド支柱で支え、陸側の壁パネルと扉を開くと、ショップの小屋になる(前回写真:ショップ・モード)。ショップの対敵は砂と波である。小屋内に砂が入ると用具が砂で擦れて傷つきスチールなどはすぐ錆びる。また高波対策は床を上げることに尽きる。スタッフが床上に上がると砂も入りやすくなるので、今回は床をさらに上げて棚状とし、そこに人が入るスリットを開けた。海からの風を抜きつつ砂が入り込むのを防ぐために、海側の壁パネルは普段は腰壁状に閉じ、陸側だけを開き貸出作業用の台として使用する。

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レンタル・ショップ以外に、もっと人が直接使うことも想定している。ボックス・モードから三角庇や壁パネルを一部だけ開き、床のスリットをパネルで塞ぐと、日影で海を眺められる心地よい2畳サイズのキャビンになる(右上から2番目*、下写真*:キャビン・モード)。しかも海からの風が小さな開口部で圧縮されて吹き抜け、とても気持ちが良い。僕もベラさんと二人でしばらく過ごしたが、冷たい飲み物でも楽しみながらゆっくりくつろげる。ちなみに海外のビーチをみると日本のような大きな海の家はほとんどなく、むしろ小さなキャビンが建ち並ぶ風景をみかける。集団でワイワイやるのもいいが、こうした小ぢんまりしたキャビンで海を味わうのもよいものである。

さらに、壁パネルを全開にすると、斜交柱に沿った形状がまるで花びらのように開く(フラワー・テーブル)。花びらひとつひとつが小さなテーブルとなって人々が集い、中央の床スリットから飲み物をサーブすれば、ドリンクバーのように使える(右下から2番目写真*:ドリンクバー・モード)。

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そして盆踊りのときには、ヤグラになる(右下、上写真:ヤグラ・モード)。ただしこのヤグラになるときにはさすがにそのまま上に人が乗るわけにはいかず、手すりや階段、支柱の追加等が必要だったが、学生数名による半日の現場施工で済むように工夫した。上述したように、人が中の床上に立たないこととしたので、ヤグラの高さは約2300程度に抑えることができた。またいかにもヤグラらしくなってしまう隅柱を避けて、斜交柱にこだわった結果、人が踊る舞台だけが砂浜に浮かんでいるイメージがほぼ実現できた。また通常ヤグラの上にも提灯を吊るフレームが檻のように組まれるが、ここでも隅柱を避けて、中心に支柱を建てるだけのシンプルなものとし提灯は手すりに取り付けた。その結果、舞台と砂浜との一体感が増した。7月中旬に開催された「浜の盆踊り」はすばらしい盛り上がりであった。周辺住民のみなさんが砂浜に集まって、ヤグラを中心に踊る。脇の海の家では盆踊りを眺めながら人々が休んだり寛いだりしている。水平線が見え夕日が美しく、暗くなると提灯の光が溢れてときどき波音も聞こえる。

こうした圧倒的な場所の魅力、集まった人々の熱気のなかでは、所詮建築といってもたかが知れているなーと感じたが、しかし同時に―これはずいぶん前に仮設劇場(ベセトシアター)のときにも感じたことだが―、そうした場所の魅力を人々に気付かせ、かつよい関係でつなぐことができるのは、広い意味での建築的な行為なのだということも改めて実感した。それは家具かもしれないし小屋かもしれないし建築かもしれないが、プログラムや活動とは異なる、ある環境に潜む人の居場所(=ノルベルグ・シュルツがいう「定位」が近いかも)を発見し引き出すことなのだろう。今回の小屋はごくちいさなものではあったが、そうした居場所を発見し、提案できたと感じることができた点では、大きな収穫があったし、いわゆる海の家的なものとは異なった浜辺の楽しみ方のモデルとして展開できる可能性も感じることができた。そして参加した学生たちも本当によくがんばったと思う。

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(謝辞)今回私たちの提案をご理解いただき実現する機会を与えてくださった松石健宏さん(鎌倉中央海水浴場組合長 / 海の家ASIA)に深く感謝いたします。また構造上の助言を下さった田畠隆志さん(ASD)、施工のアドヴァイスをいただいた木村健児さん(ウッドマジック)、真島辰也さん(ワークス)、施工期間中多大なご協力をいただいた高橋浩司さん(鎌倉市議会議員)、写真家の鳥村鋼一さんはじめ、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。(N)  (*印写真:撮影:鳥村鋼一)
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# by NODESIGNblog | 2015-09-02 16:32

浜辺のレンタルショップ兼盆踊りヤグラ(その1)

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去年の夏から、建築家で神奈川大学非常勤講師のベラ・ジュンさんと一緒に「神奈川海辺研究会」というのをつくって、夏の海の風景や海の家などの調査をしている。今年の夏は縁あって、鎌倉中央海水浴場(由比ヶ浜と材木座の間)の 海の家の前に、研究室の学生らのセルフビルドで小さな木造の小屋を建てた(7月頭~8月末)。

そもそもは、昨年夏に海の家へ取材にうかがった際、オーナーさんが、2013年から地域住民向けの「浜の盆踊り」を開催しているが、そのヤグラを借りるのが結構かかるので、既存のパラソルや浮きボート、ビーチチェア等の貸出小屋をリニューアルして、ヤグラと兼ねられるといいなあ、と呟かれたことが発端である。
ちょうどその頃、こちらはいろんな海水浴場を見て回って、あまりにも商業化された派手な海の家ばかりが目立つ海辺の風景に違和感をもち、もっと海辺そのものの環境を楽しめるようなあり方はないのだろうかと感じていた時で、海の家という建物ではなく、パラソルやビーチチェアみたいな家具的なものとか、浜を会場にした盆踊りといった、人と海辺をより直接結びつけてくれそうなキーワードに引かれ、協力することになった。

貸出小屋と盆踊りのヤグラ、別々ならごく単純な小屋で済むのだが、両者を兼ねようとすると意外と難しい。たとえばサイズ。貸出小屋としてはシーズン中ずっと浜に建っているので、目障りにならないようになるべく小さくしたい(最大でも既存小屋の約1坪ぐらい)。一方盆踊りのヤグラは、上で踊りの師匠数名が踊るので、最小でも約1.5間四方は必要である。また高さの問題もある。既存の貸出小屋は、用具を砂や波から守るために約600mm高床で、従業員が入れる天井高があるため、軒高は地上約2600mmある。しかし盆踊りのヤグラとしては、あまり高いと上で踊る方たちが怖いし、地上で踊る人たちからも見にくいので、できるだけ下げたい。また、ヤグラ上部には提灯や照明などを吊るためのフレームも必要である。さらに、貸出小屋は用具管理と雨・風・砂からの保護のためにできるだけ閉じる必要があるが、昼間の営業時や盆踊りのヤグラとしては、できるだけ開放的でオープンなものにしたい。そのうえ構造的には、簡便でありながらも、過酷な強風や高波に対抗し得る十分な強度が求められる。

一方、貸出小屋とはいえども何らかのかたちで、海辺の環境をシンプルに体感できる、居心地の良い場所に成り得る提案であることを目指した。問題はそれがどう実現できるかということだったが、いろいろ考えた挙句に最後は素朴な「日影」に行きついた。強烈な日差しの元で浜辺を歩けば、日影の快適さは理屈抜きに体感できる。そこにささやかな床でもあって座れて、風が吹いたりしたらもう十分。むしろ他の余計なものはない方が、海辺そのものを体感することができるはずである。

ということで、浜辺に浮かび、日影をつくり出すシンプルな一枚の屋根がイメージされた(上写真)。盆踊りのヤグラとして使える1.5間四方のプレートを、斜行した柱によって持ち上げている。
(つづく)(N)
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# by NODESIGNblog | 2015-08-24 19:45

Hide Nasu 水鏡

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大学の研究室内に、ドイツのフランクフルトを拠点に活動されている那須秀至(Hide Nasu)さんの作品を設置した。

「水鏡」あるいは「鏡池」とも題された作品で、その物自体は、大きさは1200mm四方、縁の厚さ40mmの、大きな四角いお盆のような形状のものである。その表面は真黒に塗装されていて、表面には蝋が塗られている。だが作品の実体はこの物自体というよりも、そこに張られる水である。お盆のなかに少しずつ水を注いでいくと、その質感がだんだんと消えていき、そのかわりに水面、というよりは、もうひとつの空間のようなものが、じわじわと浮かび上がってくる。縁ギリギリまで水を注ぎきると、まるで床に正方形の穴が開いたようにも見え、同時にというかあるいはというか、その向こうにもうひとつ別の空間があるようにも見え、不思議な奥行きが生まれる。

水たまりに反射しているだけ?と思われるかもしれないが、そのようなありふれた感覚とはだいぶ違う。なぜだか不思議で、たぶんいろんなことが作用しているのだと思うが、たとえば、普通の水たまりというのは地面の表面よりもややへこんで見えるものだが、この40mmの厚さというのがまた絶妙な感じで、あたかも水銀のように地面(床)から微妙に盛り上がり、しかも自然にはあり得ない正方形をした、不思議な、得体のしれない隆起した水たまりのようにも見える。

この作品は過去に何度かギャラリーの空間で見たことはあったが、こうして自分の日常的な空間に置いていると、やはり感じ方がずいぶん違う。設置して約2週間が過ぎたが、研究室のごくありふれた床に突如開いたこの不思議な空間の表情は、一日の時間の経過とともに変化するし、また表面に少しずつ浮かぶ塵の感じやちょっとした風による揺らぎ、水の量などによっても変化する、まるで生き物のような感じがある。魚を飼っているわけでもないのに、水を時々足したりしなければいけない点も、なんだかこの作品自体が生き物のようであるかのように錯覚させる。もはや設置してあるというよりも、飼っている状態である。こういうふうに、とかく非日常的にしか体験できないアートを、なんだかペットか何かのように日常的に「飼う」という感覚はとても新鮮であり、学生たちもこのよくわからない生き物のようなアートを飼うことになれたようでもある。

那須さんのHP(http://www.hide-nasu.net/)を見たところ、屋外などに置かれた「水鏡」もあるようで、また印象が異なっていて興味深いものがある。そのほかの那須さんの作品は、この「水鏡」にしても、和紙に顔料と蝋を幾重にも重ねて、なんとも言えない奥行きをつくり出す作品にしてもそうだが、不思議な空間的感覚に満ちている。先日コペンハーゲンへ行ったときにも古い友人であるレネ・クラル先生へ那須さんの作品を贈ったが、とても喜んでくれた。彼らから見ると、日本的な感覚も感じたようだった。来月の5月中旬から、KANEKO ART TOKYOというギャラリーで個展が開かれるとのことで、新作も出品されるらしいので楽しみである。(N)
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# by NODESIGNblog | 2015-04-20 20:30

富久町の家(その2)

(前回に続き、神奈川大学「工学部報告」に掲載された「富久町の家」解説の後半です。)
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4.構造補強
耐震補強は、本物件のような古い木造住宅の重要な課題のひとつであるが、現行基準をクリアする水準の耐震性を望むならば、早い話、建替えが最も有効かつ経済的な方法である。しかし今回のようなケースではそれは望めないため、現実的なレベルで可能な限り耐震性を高めることを目標とした。本物件の主要構造体は、間口3間、奥行3.5間の在来工法の木軸架構である。間口方向の壁には開口部も多く、また壁の多くは古い木造住宅によくみられる土壁であった。こうした架構の耐震補強について、構造設計者の助言を仰ぎつつ、現況調査と壁量計算を行ったうえで、以下のような補強をセルフビルドで実施した。
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・木軸の接合補強・・・土台、柱、梁の接合部分の多くは、仕口の枘(ほぞ)が差し込まれただけの状態で、地震時などの揺れによって抜け落ちる恐れがあることから、可能な限りステンレス製金物によって接合部の補強を行った。
・耐震壁の追加・・・壁は、後年改修された、奥行方向の壁筋交いのある一部の壁を除き、多くは古い土壁の真壁で、耐震壁量もいずれの方向も不十分であったので、とくに1階の外壁角部まわりを中心に、できるだけ多く構造用合板を打ち付ける補強を行った。合板が張れない箇所には、ステンレス製の耐震ブレースを設置した。
・水平剛性の補強・・・2階床畳下の地板は、薄くて短い板の継張りで火打梁もなかったため、水平剛性を確保する必要があった。通常は構造用合板を張ることが多いが、今回は透過性のあるスノコ床を採用したため、その下にステンレス製の水平ブレースを設置し、水平剛性を高めた。
なお、床下に入ってみたところ、現在の構法であればアンカーボルト等で基礎と緊結されるべき木土台は基礎の上に載っているだけのようであった。本来であれば、基礎の状態を確認、補強したうえで木土台とも緊結すべきところであるが、相当大がかりな工事となるため、土台と柱の緊結に重点を置き、木軸架構全体の強度を高めることを優先した。

5.セルフビルド・リノベーション
今回の施工にあたっては、専門業者や職人への委託を極力減らし、研究室の学生(=素人)によるセルフビルドで実施した(写真)。その理由は、学生の教育効果や低予算などの条件ももちろんあるが、そのことよりも、そもそもリノベーションという行為が、従来の建築工事形態になじまないという点が大きい。一般的なリノベーション工事は、新築や建替え工事同様、まず設計図を作成し、その後請負った施工会社が、解体から施工まで一括して行う場合が多い。その方が施工期間も短く経済的だからである。しかしリノベーションは、更地に建てる新築や建替えとは異なり、構法や履歴など多種多様な既存建物自体が計画の前提となる。つまり建物のどの部分を残し、どの部分を変えるのかを考えることからデザインが始まるので、まずは既存建物の目に見える表面的な部分だけでなく、仕上げの背後にある下地や構造部材などの状態まで把握することが重要である。とはいえ構造が見たいからといって、安易に仕上げを撤去するわけにもいかない。なぜなら仕上げも重要な既存建物の部分であり、壊してしまうと復元できないからである。壊す前に、その部材を残さなくてよいのか注意深く検討しなければならない。こうしたことは、今回の物件のように、すでに何度も改修されてきた建物の良さを見出し、それを活かした細かなデザインを行う場合には、なおさら重要となる。少しずつ不要なものを判断しながら取り除き、そのなかから残す価値のあるものを発見し、そのうえで全体のデザインを考えるのである。こうしたプロセスでは、いわゆる設計、解体、施工といった業務区分がほとんど意味をなさない。壊すことがそのまま創ることにもなり得るからである。今回も、いちおう解体前の実地調査に基づいて設計図は作成したものの、自分たちで解体を始めてみると、次々と新しい発見があり、設計内容はどんどん変わっていき、結局、解体と設計、施工がほぼ同時進行で進められることとなった。そのなかで、当初の計画には含まれていない多くのアイデアが見いだされた。こうしたプロセスは、基本的に新築や建て替えを前提としている従来の建築工事業態とは異なるリノベーション手法の可能性を示唆するものといえる。
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6.おわりに
総務省の「平成20年住宅・土地統計調査」によると、日本の住戸ストックの約半分を占める一戸建て住宅のうち、木造住宅が93%を占めるとされ、今後も木造住宅は主要な住戸ストックであり続けると考えられる。高齢化や耐震性、建替えの困難さ等の問題を背景に、それらのリノベーションは今後より一層重要度を増し、かつその内容も既存建物の状況や施主の要望に応じて多種多様なものとなる。こうした状況を踏まえ、本研究では、耐震補強を行うと同時に、「インナー・オープンスペース」の導入による開放的な内部空間の実現を主とした、既存の住宅地おいてより快適な居住空間を獲得し得るデザイン手法を提案した。また、リノベーションに求められるきめ細やかなデザインを可能にする、設計、解体、施工を一体的に実践するセルフビルド手法を実践した。本研究の成果は、大学の研究室活動の一環として行われたという点も含めて試験的な実践ではあるが、柔軟性が求められる既存住宅リノベーションにおけるひとつの可能性を示すことができた。
(N)
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# by NODESIGNblog | 2015-03-17 20:41

富久町の家(その1)

2013年に実施し、とある財団から賞をいただいた「富久町の家」についての解説が、今年度の神奈川大学「工学部報告」という冊子に、「木造住宅の改修に関する実践的研究」として掲載されている。一般にはあまり接することのない冊子なので、ここにも載せておくことにする。

1.はじめに
日本の大都市部には、現在でも密集木造住宅地が少なからず残されている。そこに建つ古い木造住宅の多くは居住性や耐震性などに問題を抱えているが、敷地条件や居住者の諸事情等により、大規模な改修や建替えが難しい場合も多い。また既存建物それぞれで異なる複雑な状況や、多様な要望への細やかな配慮を必要とするリノベーションでは、設計と解体、施工が分離された従来の建築業態ではうまく対応できないケースも多い。そこで本研究は、既存建物の特色をできる限り活かした、柔軟な住宅リノベーションのあり方について、デザインと実施手法の両面から探るため、現実の木造住宅の改修計画を通して、以下の課題の有効性を検証することを目的としたものである。その課題は主に、1)光と風を取り込む開放的な「インナー・オープンスペース」の導入による、既存建物を活かした内部空間の居住性の向上、2)身の丈に合った現実的な耐震補強方法の実践、3)設計、解体、施工を一体的に実践し得るセルフビルド的手法の実践、の3点である。以下では、対象建物と研究概要に続いて、これらの課題に沿って説明する。

2.対象建物と研究概要
実施対象としたのは、東京都新宿区富久町の密集木造住宅地内に建つ古い木造住宅である。もはや当時の図面や書類は存在しないので建物の履歴等は不明だが、現時点でわかる限りでは、遅くとも昭和38(1963)年には建っていたようであるから、少なくとも築50年以上は経っている。元の建物は間口3間(5.46m)、奥行3.5間(6.37m)、建築面積10.5坪(約35㎡)の平屋だったようだが、その後2階や浴室等が増築され、現在は総2階建て、床面積21坪(約70㎡)の建物となっている(下図)。間取りは、1階に6畳と4.5畳の畳間2室と台所、トイレのほか、浴室があるが脱衣室はなく、隣接する台所の一部をカーテンで仕切るようになっていた。また2階には4.5畳2室と3畳1室の計3室のほかにキッチンと和式トイレがあり、間貸しできるつくりになっている。今回の計画は、この物件をいわゆる「古家付土地」として購入した60才台の夫婦のために、より住みやすいかたちにリフォームすることであった。まず、神奈川大学工学部建築学科中井研究室注の大学院生が中心となって、2013年2月に現地調査および設計案作成を行い、それを踏まえて2013年3月から5月にかけての約3か月間、同研究室大学院生および学部4年生が主体となって現場解体および施工を実施した。なお、浴室、キッチン等水回りの改修、および一部の複雑な造作については専門業者へ依頼した。
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3.インナー・オープンスペース
敷地は南東側4m、北西側2mの2面接道であるが、周囲の住宅含めて建ぺい率が高く(既存不適格)、高齢者の主な生活の場となる1階が暗くなりがちなので、2階にふんだんに差し込む日照を1階にまで導けないかと考えた。またご主人の趣味はラン栽培などの鉢植えであり、とくに冬場はそれらを室内に置く場所が必要である。こうした問題を踏まえて方針を検討し、また、基本的に夫婦2人の住まいなので、2階を3つの小部屋に細かく分けておく必要もあまりないと思われたため、2階南側2室の間仕切りと床を撤去し、吹抜けとして1階へ採光することを考えた。しかし単なる吹抜けにすると床面積が減りすぎ、また1階の天井も高くなりすぎると感じたため、30×60mmの角材を25mmのスリットを空けて並べたスノコ床とし、1階へと自然光を導きつつ、普段は物干し場、冬場に鉢植え置場にもなるサンルームのような、光と風を取り込む開放的な半屋外的な空間=「インナー・オープンスペース」とすることを考えた。2階の元の部屋は押縁天井など和風の仕上げだったが、光を溜め込み反射させるため、壁も天井も白く塗り込めた(下写真)。スノコはバルコニーまで連続し、屋外まで連続するデッキのような広がりを持たせた。また、薄暗かった1階北側のキッチンまで日光が届くように一部分は吹抜けとしたが、既存の根太は残し、将来スノコ床を張り延ばすことも可能とした。インナー・オープンスペースは、3方向に窓のある、広くて明るく風通しのよい空間で、スノコの床には縁台のような開放感がある。2階北側の薄暗かった納戸のような部屋にも南側からの光が届く。
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1階の畳間は、2階の白い空間とは対照的に、木軸架構の色合いを活かした木質系の仕上げとした(下写真)。1階南側の畳間には、天井のスノコのスリットから柔らかな自然光が降り注ぐ。北側のキッチンにもインナー・オープンスペースを介して日照が得られ、南側2階を見上げると窓から空が望める。また1階全体の見通しがきくように、中央の押入れを撤去しピアノ置き場とした。そのほか施主の要望に沿って、台所の一角に脱衣室を新設し、浴室床をかさ上げして居室床との約30cmの段差を解消、さらにキッチンの改修などを行った。以上のように、2階にインナー・オープンスペースを導入し、既存建物の木軸架構を活かすことにより、主な生活の場である1階にも自然光を導き、住空間全体がつながった、快適な居住空間が実現できた。
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(つづく)(N)
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# by NODESIGNblog | 2015-03-08 00:37

横浜建築祭シンポジウム、鳳ビル

e0105010_1555238.jpg28日に横浜の情文ホールで、防火帯建築についてのシンポジウムが行われた。パネラーは横浜国大の藤岡泰寛さん、写真家の森日出夫さん、作家の山崎洋子さん、司会は建築家の笠井三義さん。藤岡先生の明快な解説はいうまでもなく、建築が専門ではない方たちのお話も面白かったが、同時に長年横浜にいる方たちにも防火帯建築のことがほとんど知られていないことを実感した。だがそれは逆にいえば、それだけ防火帯建築が横浜の日常的な風景=横浜らしい風景そのものだからとも言えるのではないだろうかと感じた。

そのレクチャーのあと、神奈川新聞の三木さんから、馬車道の鳳ビルが取り壊されることになったと聞いた。鳳ビルは助成公社リストにもない民間ビルであまり情報がないが、アーバンデザイン研究体の林さんにうかがったところでは、1959年登記、延床面積1,240㎡ということぐらいが知られるのみで、設計者や概要は不明である。写真を撮って詳しく見るなら今日しかないと思い、午後さっそく見に行った。外観は、一見ただの薄汚れた何の変哲もないビルだが、じっくり見るとなかなかユニークなビルで、結構興奮した。

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まず正面外壁をよくみると、1階と2階以上で、柱らしきものの位置が全部ずれている。コーナーではガラス窓が回り込んでいる。側道の入口上にはバルコニーが派手なキャンチ梁で飛び出しているなど、構造がどうなっているのかよくわからない。中に入って調べるみると、内部はよくある店舗付住宅ではなく、1階が店舗で2階以上がアパートになっている。各階7室で合計21室。一室は約30㎡と思われる。角部屋の玄関ドアに覗き窓があったので中をのぞいてみると、建物の角の部分はきれいなコーナー窓になっていて柱が無い。外観ではてっきりガラスの背後に柱があるのだろうと思っていたのでちょっと驚いた。このことと、入口上のバルコニーのキャンチ梁が外壁から少しセットバックしていることを重ね合わせて推測すると、どうやら主要構造は正面および側面のファサードから内側に、1間(1.8m)程度セットバックしたラインにあり、そこから外壁までの床は、いわばキャンチレバーで張り出しているらしい。つまりファサードに見えた柱らしきものは主要構造ではなく、ただの壁かぜいぜい張り出し分の荷重を受けているだけと思われる。もしこの推測通りとすれば、なかなかアクロバティックな構造である。
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L字型の建物の背後には中庭があり、そこには2階建ての別棟が建っている。最近学会に出した横浜防火帯建築の空所に関する論文では、鳳ビルは資料に含まれていなかったが、典型的な「閉鎖・孤立型」の空所である。ただし、背後隣地に建っていたスルガビルが取り壊されて空地になったので、いまは裏の幹線道路からもよくみえる状態になっている(すぐにまたビルが建つが)。

横浜建築祭の夜のシンポジウムは、横浜都心部の未来についてであった。鳳ビル取壊しも残念だが、隣にあったスルガビルは、実は菊竹事務所の設計である(1966年竣工)。それだけでなく、旧三井物産株式会社横浜支店倉庫、横浜市庁舎などといった歴史的な名建築ですら取り壊されようとしている。みなとみらいの開発なども含めて、行政側の街づくりへの無関心は絶望的とも感じるが、今回のシンポジウムが、少しでもそうした状況を変えていく小さなきっかけになればいいと感じた。e0105010_15571847.jpg

帰りに馬車道コンコースを通りがかったら、展示していた閲覧用のBAが全種類持ち去られて、なくなっていた。困ったものだが、持ち去りたいと思う人もいる出来栄えでよかったと考えることにした。お渡しした関係者のみなさんにも総じて評判がよい。鳳ビルもちゃんと記録しておきたいと感じた。
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# by NODESIGNblog | 2015-03-01 16:00

横浜建築祭2015、BA/横浜防火帯建築研究

2月24日から3月1日まで、JIA神奈川主催の「横浜建築祭2015」が開催されている。
http://www.jia-kanto.org/kanagawa/event_week/2014/
その催しのひとつ、横浜みなとみらい線馬車道駅のコンコースでの展示のなかで、僕も研究会のメンバーとなっている横浜防火帯建築に関するパネル展示が行われている。

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「防火帯建築」とは、戦後日本の都市不燃化を目指して計画された「防火建築帯」をなす建物のことである。国、自治体、市民が共同で実践したことや、沿道・街区型の建築形式など、日本の戦後復興期に生まれた、知られざるユニークな都市建築モデルといえるだろう。なかでも横浜中心地区の防火建築帯は、他都市のものの多くが通り沿いの「線的な」計画であったのに対して、大規模な街区型の「面的」なまちづくりが特徴とされた。約400棟の防火帯建築が建てられ、いまもその約半数程度が現存すると言われるが、老朽化や土地活用などのために、ひとつまたひとつと解体撤去されつつある。

僕の研究室では、神奈川大学大学院建築学専攻のプログラム「建築計画特論」と連動して、ここ数年横浜の防火帯建築に関するリサーチをおこなっている。その成果を、今回「BA/横浜防火帯建築研究」という冊子シリーズにまとめた。原則1建物1冊として、可能な限りの図面化と写真による記録を心がけ、またその理解と位置付けを解説文で試みている。本シリーズは、こうした防火帯建築について、主に建物自体の具体像を探る観点から、資料収集、現地調査、聞き取りなどを行い、記録し理解することを第一の目的にしている。そのことが、都市建築運動としての防火帯建築の実像究明と再評価、そして将来の都市建築のあり方の探究へとつながればと考える。馬車道の展示会場にも閲覧用サンプルを置いてあるので、立ち寄った際にはぜひ見ていただきたい(入手ご希望の場合には、bahenshubu@gmail.comまでご連絡を)。
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横浜建築祭では、2月28日に朝から3つのシンポジウムが開催される。9:30からは情報文化センターのホールで、研究会座長の笠井三義さんがモデレーターとなって、防火帯建築に関するものがあるし、そのあともJIA神奈川代表の飯田善彦さんや副代表の小泉雅生さんら豪華メンバーが集う2つのシンポがある。また馬車道駅の展示では、上記の他、JIA神奈川の建築家らの作品や、神奈川大学を含む県下7大学の卒業設計や、茶室コンペの実施作品も展示されている。なかなか充実した内容なので、ぜひ足を運んでいただきたいと思う。
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# by NODESIGNblog | 2015-02-27 15:23

コペンハーゲン、KADK、オラファー・エリアソン

e0105010_048133.jpg昨年のことになるが、11月末にコペンハーゲンへ行ってきた。神奈川大学の協定校である、デンマーク王立芸術アカデミー建築・デザイン・保存大学(KADK)との交流のためであった。重村教授、内田教授と僕の3名で、学部長のPeter Thule Kristensen先生らと有意義な交流を深めることができた(右上写真)。また僕の昔からの友人である同大学のRene Kural先生は、我々をヤコブセン設計のアパートのご自宅に招待して下さり、最高のデンマーク料理とビールを振る舞って下さった。すばらしい訪問であった(右中写真)。

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ところで、そのときに立ち寄ったルイジアナ美術館では、オラファー・エリアソンの企画展をやっていた。そのなかの目玉は「Riverbed」というインスタレーションで、ルイジアナ美術館の一部、いくつもの展示室が続き間になっている部分を、その名の通り「川床」にしてしまうというもの(右下写真)。上げ床のうえに砂を敷き詰め、そのなかを水が、続き間をつなぐ通路を縫いながら、ちょろちょろと流れている。奥の方の上流へいくと、ちょっとした滝もある。

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いやー、何だかバカげているけど面白い。人工物と自然物との調和、ではないけど、不思議な協同を見せてくれるのが、エリアソンらしい。よかった。ちなみにオラファー・エリアソンも、デンマーク王立芸術アカデミー(芸術大学の方)の出身。(つづく)
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# by NODESIGNblog | 2015-01-08 00:50

新年あけましておめでとうございます

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# by NODESIGNblog | 2015-01-06 11:17

ハルビン

e0105010_12404462.jpg神奈川大学が参加している、毎年夏恒例の日中韓台共同の「東アジア建築都市学術交流ワークショップ」、今年は中国の哈爾浜工業大学(HIT)がホスト校となって行われた。ということで初めて哈爾浜へ行ってきた。

新潟空港から直行便で約1時間半、中国最北の黒竜江省に位置する哈爾浜は、19世紀末に、ロシアがチタから清国を横断して東端のウラジオストクまで、いわゆる「東清鉄道」をひくために建設した比較的新しい街で、都市としての歴史は100年ちょっとしかない。ちなみにこの東清鉄道の全長は約2,000㎞で、青森―博多間とほぼ同じ長さなのだが、ロシアはこれに加えて哈爾浜―大連間の支線約800kmも含めて、わずか5年程で完成させたというから驚きである。鉄道をひくには土木技術者が必要だし、駅舎や車両施設などには建築技術者が、また機関車をつくるには機械技術者や電気技術者が必要である、ということで、それらの養成のためにつくられたのがHITだという(だから当初の大学教育はすべてロシア語)。HITは、とにかく巨大な大学である。創立時からの歴史をもつ建築学部は4学科を擁し約800人(だったかな?)が働く設計院も持つ大きな組織だ。

哈爾浜の街はきわめて興味深い。まず歴史的な建物や街がしっかり生きている。1920年代までロシア管轄下にあった、松花江沿いの道里区や南の丘陵地である南崗区(HITはここにある)には、西洋風の様式建築や、世紀末アールヌーボー風の建物が立ち並び、あまり中国という感じがしない。また道里区の東、清代の役所跡も残る道外区には、チャイニーズ・バロックと呼ばれる、いわば擬洋風のようなユニークな中庭建築群(右上写真)が立ち並んでいる。とにかく驚くのは、およそ100年前の古い建物を、たいへんうまく使い、それだけでなく街並みの保存を意識的に行っていることである。日本の都市も見習うべき点が多くあるように感じた。

e0105010_12411567.jpg次に、人々がしっかり街中に住んでいることが伝わってくる。古い建物だけでなく、それ以外のごくありふれた街中の建物の多くも、いわゆる下駄ばきアパートであり、低層部には店舗だけでなく職人の工房なども入っていて活気がある。また、目抜通りである中央大街に行ったところ、平日の夕刻にも関わらず、大勢の人々が松花江に向かって続々と押し寄せてくる。川沿いにはちょうど横浜の山下公園のような長い緑地があるのだが、驚いたことにそこから川へ、階段で直接入れるのである。多くの人たちが足を水につけたり、中には思い切り泳いでいる人もいた(右写真)。こうした水辺環境の使い方なども見習うべき点は多い。

一方郊外には、もう文字通り「雨後の筍」のように、高層マンションがボンボン建てられ続けている。HITの先生らはこれらを「コミュニティ」と呼んでいるのが印象的であったが、日本的にいえば「団地」ということだろう。30階を超えるような高さがありながら異様に奥行きが薄い、日本ではありえないプロポーションのタワー群が、凄まじい量と速度で建てられている。松花江の遊覧船からは、見渡す限りの遠くの方までそうした「コミュニティ」が果てしなく続いていた(下写真)。HITの先生に聞くと、人はどんどん都市部に集まっているから需要は十分あるし、5年も持っていれば価格は倍になるから投資目的もある、などと平然と説明してくれた。HIT准教授である余さんの案内で、松花江の対岸地区に林立(乱立?)する「コミュニティ」を見学。そのなかの「Mediterranean Sunshine」と名付けられた地中海風?のいわゆるゲイテッド・コミュニティ(ちなみに哈爾浜に海はないけど)に入り込み、コテコテのアンティーク調内装のモデルルームを見た(中国ではスケルトン渡しで、内装は別途が普通である)。値段を聞くと、内装代も含めて約100㎡で約4,000万円程度のようだ。哈爾浜中心部まで車で15分程度か。たぶん中国の物価からしたかなり高価だろうが、ちょうど家族連れが見学に来ていたから、それなりに人気があるらしい。そのとなりにはオランダ風のコミュニティがあり風車まで建っている。e0105010_12385079.jpgこれらに比べれば日本の郊外のキッチュな集住団地なんて慎ましいものに見えてくる。これらの夥しい数の「コミュニティ」建築の質は、はっきり言ってどうしようもないものばかりであるが、余さんによれば、最近は買い手の関心も変化してきて、こういう見た目のスタイルよりも建物のクオリティを重視する傾向にあるそうだ。また、こうしたコミュニティ群の間には、緑地帯や公園が挿入されているのだが、俞孔堅(Yu Kongjian)設計の「群力国家城市湿地」(右写真)や余さんによる「群力公園・金河公園」はなかなか素晴らしいランドスケープだった。

今回は、旧市街に蓄積された歴史遺産や自然を活かしつつ、同時にとてつもない速度で郊外へと膨張していく、哈爾浜のグローカルな両側面を体感できた。そうしたなかで、もうひとつ印象的だったのは、良し悪しはともかくとして、いずれの局面においても、建築や都市計画などが、人々の生きる環境をつくりだしている、つくりだせるという社会の雰囲気を感じたことだった。それは街中に林立するクレーンや、HITの巨大な設計院を見たからかもしれないが、でもそれだけでもない気もする。旧市街地での歴史的建造物活用や、ランドスケープにおける環境資源への意識などは、すべてではないにせよ、日本の都市よりも高いものがあるようにすら感じた。重要なのは、そうした空間資源を活かす視点とその実践だと思うし、参考にすべき点は多いと感じた。ともあれ、ホスト校であったHITの先生方、スタッフ諸氏に深く感謝したい。ワークショップの内容についてはまた別の機会に。(N)
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# by NODESIGNblog | 2013-08-23 11:50 | 見聞