(前回に続き、神奈川大学「工学部報告」に掲載された「富久町の家」解説の後半です。)
4.構造補強 耐震補強は、本物件のような古い木造住宅の重要な課題のひとつであるが、現行基準をクリアする水準の耐震性を望むならば、早い話、建替えが最も有効かつ経済的な方法である。しかし今回のようなケースではそれは望めないため、現実的なレベルで可能な限り耐震性を高めることを目標とした。本物件の主要構造体は、間口3間、奥行3.5間の在来工法の木軸架構である。間口方向の壁には開口部も多く、また壁の多くは古い木造住宅によくみられる土壁であった。こうした架構の耐震補強について、構造設計者の助言を仰ぎつつ、現況調査と壁量計算を行ったうえで、以下のような補強をセルフビルドで実施した。 ・木軸の接合補強・・・土台、柱、梁の接合部分の多くは、仕口の枘(ほぞ)が差し込まれただけの状態で、地震時などの揺れによって抜け落ちる恐れがあることから、可能な限りステンレス製金物によって接合部の補強を行った。 ・耐震壁の追加・・・壁は、後年改修された、奥行方向の壁筋交いのある一部の壁を除き、多くは古い土壁の真壁で、耐震壁量もいずれの方向も不十分であったので、とくに1階の外壁角部まわりを中心に、できるだけ多く構造用合板を打ち付ける補強を行った。合板が張れない箇所には、ステンレス製の耐震ブレースを設置した。 ・水平剛性の補強・・・2階床畳下の地板は、薄くて短い板の継張りで火打梁もなかったため、水平剛性を確保する必要があった。通常は構造用合板を張ることが多いが、今回は透過性のあるスノコ床を採用したため、その下にステンレス製の水平ブレースを設置し、水平剛性を高めた。 なお、床下に入ってみたところ、現在の構法であればアンカーボルト等で基礎と緊結されるべき木土台は基礎の上に載っているだけのようであった。本来であれば、基礎の状態を確認、補強したうえで木土台とも緊結すべきところであるが、相当大がかりな工事となるため、土台と柱の緊結に重点を置き、木軸架構全体の強度を高めることを優先した。 5.セルフビルド・リノベーション 今回の施工にあたっては、専門業者や職人への委託を極力減らし、研究室の学生(=素人)によるセルフビルドで実施した(写真)。その理由は、学生の教育効果や低予算などの条件ももちろんあるが、そのことよりも、そもそもリノベーションという行為が、従来の建築工事形態になじまないという点が大きい。一般的なリノベーション工事は、新築や建替え工事同様、まず設計図を作成し、その後請負った施工会社が、解体から施工まで一括して行う場合が多い。その方が施工期間も短く経済的だからである。しかしリノベーションは、更地に建てる新築や建替えとは異なり、構法や履歴など多種多様な既存建物自体が計画の前提となる。つまり建物のどの部分を残し、どの部分を変えるのかを考えることからデザインが始まるので、まずは既存建物の目に見える表面的な部分だけでなく、仕上げの背後にある下地や構造部材などの状態まで把握することが重要である。とはいえ構造が見たいからといって、安易に仕上げを撤去するわけにもいかない。なぜなら仕上げも重要な既存建物の部分であり、壊してしまうと復元できないからである。壊す前に、その部材を残さなくてよいのか注意深く検討しなければならない。こうしたことは、今回の物件のように、すでに何度も改修されてきた建物の良さを見出し、それを活かした細かなデザインを行う場合には、なおさら重要となる。少しずつ不要なものを判断しながら取り除き、そのなかから残す価値のあるものを発見し、そのうえで全体のデザインを考えるのである。こうしたプロセスでは、いわゆる設計、解体、施工といった業務区分がほとんど意味をなさない。壊すことがそのまま創ることにもなり得るからである。今回も、いちおう解体前の実地調査に基づいて設計図は作成したものの、自分たちで解体を始めてみると、次々と新しい発見があり、設計内容はどんどん変わっていき、結局、解体と設計、施工がほぼ同時進行で進められることとなった。そのなかで、当初の計画には含まれていない多くのアイデアが見いだされた。こうしたプロセスは、基本的に新築や建て替えを前提としている従来の建築工事業態とは異なるリノベーション手法の可能性を示唆するものといえる。 6.おわりに 総務省の「平成20年住宅・土地統計調査」によると、日本の住戸ストックの約半分を占める一戸建て住宅のうち、木造住宅が93%を占めるとされ、今後も木造住宅は主要な住戸ストックであり続けると考えられる。高齢化や耐震性、建替えの困難さ等の問題を背景に、それらのリノベーションは今後より一層重要度を増し、かつその内容も既存建物の状況や施主の要望に応じて多種多様なものとなる。こうした状況を踏まえ、本研究では、耐震補強を行うと同時に、「インナー・オープンスペース」の導入による開放的な内部空間の実現を主とした、既存の住宅地おいてより快適な居住空間を獲得し得るデザイン手法を提案した。また、リノベーションに求められるきめ細やかなデザインを可能にする、設計、解体、施工を一体的に実践するセルフビルド手法を実践した。本研究の成果は、大学の研究室活動の一環として行われたという点も含めて試験的な実践ではあるが、柔軟性が求められる既存住宅リノベーションにおけるひとつの可能性を示すことができた。 (N)
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| 2015-03-17 20:41
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